V・ファーレン長崎はホームにリーグ首位を走るサンフレッチェ広島を迎え打った。前節アウェイでの鹿島アントラーズ戦(0-2)で完膚なきまでに抑え込まれ、再び15位へと後退していた長崎にとって、この一戦は上位陣との格差を見極めると同時に、残留争い脱出への足がかりを築くための極めて重要な決戦であった。
試合結果は、誰もが予想し得なかった4-0という圧勝劇。首位をひた走る圧倒的な強豪に対し、長崎は無失点でのクリーンシートを達成し、価値ある勝ち点3を獲得した。これにより長崎は順位を15位から14位へと再び浮上させることに成功した。
単なる大勝という結果にとどまらず、この試合の真価値は長崎が今シーズン開幕から模索し続けてきた「堅守・カウンター」が見事に結実した点である。今回は、キックオフの瞬間に隠された長崎の強い戦術的意図、ミラーゲームにおける攻守の噛み合わせ、広島の流動的ポジショニングに対する守備の構造的対応、そして勝負を分けた衝撃のゴールシーンと退場劇について、戦術的にみていく。
フォーメーション・スタメン

キックオフに込められた「宣戦布告」と前半の耐爆防衛
PSG方式のロングボールに秘められた意図
長崎のキックオフ。ボランチの長谷川が選択したのは、バックパスによる丁寧なポゼッションではなく、相手陣内の深層、タッチライン際を割るような大胆なロングボールであった。
一見すると単なるアバウトなボールにも思えるこのキックオフには、極めて明確な戦術的メッセージが込められていた。これは近年、欧州チャンピオンズリーグの王者であるパリ・サンジェルマン(PSG)などが好んで使用する「前線プレス誘発型キックオフ」の手法である。あえて相手陣内の奥深くへボールを放り込み、相手のスローインを作り出すことで、チーム全体のラインを一気に押し上げ、相手を自陣深くへ閉じ込めてハイプレスを仕掛けるのである。
首位広島に対して、立ち上がりから前線から牙を剥いてプレスに行くという強烈な意図。長崎の全選手がピッチ上で見せたこの「覚悟」こそが、試合全体のトーンを決定づけるファーストアクションとなった。
「3-4-2-1」のミラーゲームと広島の流動的ポゼッション
立ち上がりの宣戦布告を経て、試合の主導権を握ったのはやはり首位の広島であった。前半35分過ぎに至るまで、試合は広島が圧倒的にボールを保持し、長崎が撤退ブロックで耐え忍ぶという構図で展開された。
両チームの基本フォーメーションは共に「3-4-2-1」であり、ピッチ上は完全なミラーゲームの配置となる。通常、ミラーゲームでは全方位でマンマークが噛み合うため、ボール保持側はビルドアップの突破口を見出すのが難しくなる。しかし、リーグ首位を走る広島はこの噛み合わせを破るための洗練されたローテーションを繰り出してきた。
広島はボール保持時、ボランチの川辺がサイドレーンへと幅を取って流れる動きを見せる。これに連動して右ウイングバックの新井が内側のハーフスペースへと絞り込み、さらに右センターバックの中野が高い位置まで押し上がってポジションチェンジを繰り返した。特に広島の右サイド(長崎の左サイド)におけるこのポジションチェンジは非常にスムーズであり、長崎の守備陣のマークを意図的に外す構造を作り出していた。
さらに広島の強さを支えていたのが、ボールを失った直後の「ネガティブトランジション(切り替え)」の速さである。長崎の選手がボールを回収した瞬間に、広島は2人、3人で素早く囲い込み、二次攻撃へとつなげる。これにより長崎はマイボールにしても即座に奪い返され、広島のポゼッション率が極めて高く維持される時間が続いた。
5-4-1ブロックの耐圧と後追いプレス
これに対し、長崎は自陣に「5-4-1」のコンパクトな撤退ミドルブロックを形成して対応した。広島の流動的なポジションチェンジによってハーフスペースを使われ、ゴール前まで侵入されかける危険な局面も存在したが、センターバック陣を中心に最後の最後で身体を張り、決定的なシュートコースを潰し続けた。
また、長崎の守備は単なる受動的な撤退にとどまらなかった。広島がバックパスを選択した瞬間をトリガーとして、前線のシャドーおよびワントップが「後追いプレス」を敢行。これに呼応して最終ラインも一気にラインを押し上げることで、広島のビルドアップをハーフウェイライン付近で捉え、長いボールを蹴らせてセカンドボールを回収する局面を意図的に作り出していた。
長谷川のポジショニングが生んだビルドアップの芽
耐える時間が続いた長崎であったが、ボールを奪った後の振る舞いにも進歩が見られた。劣勢の展開であっても、以前のように前線へ容易にロングボールを蹴り出すような安易な回避は行わなかった。繋げる局面ではリスクを恐れずにグラウンダーのパスを繋ぎ、ロングボールを選択する場合でも前線のターゲットマンへ当てるのではなく、相手ディフェンスの背後やサイドの広大なスペースへと配球した。
試合後、ボランチの長谷川は「もっとボール保持率を高めたかった」と語っていたが、その言葉通り、彼自身が後ろでビルドアップに関与する際、広島の川辺が見せたようなサイドへのポジショニングを披露した。長崎に対して「5-2-3」の形で前線プレスを狙う広島に対し、長谷川が最終ラインの脇へ下りて一時的な数的優位(4バック化)を作り出すことで、プレッシャーを回避してスムーズにボールを引き出すことに取り組んでいた。
電光石火の連続ゴール:劣勢を覆した36分・45分の崩し
【1点目(36分)】土肥のフィードと翁長の鋭い一閃
広島に押し込まれ続け、耐爆防衛を強いられていた長崎であったが、一瞬の隙を突いて試合の均衡を破る。36分、右センターバックの土肥が後方から相手ディフェンスの背後、処理が難しいスペースへ絶妙なロングフィードを供給する。
このボールに対し、長崎の澤田が広島の東と激しく競り合う。こぼれ球を拾い上げた澤田は、すぐさま前線のジョナタン・ジュニオール(JJ)へパスを通す。ボールを受けたJJはファーストタッチで相手DFを振り切ろうと試みる。その瞬間、後方から爆発的なスプリントで走り込んできたのがウイングバックの翁長であった。
翁長はこぼれたボールに対して迷うことなく左足を一閃。抑えの効いたシュートは鮮やかな軌道を描いてゴールネットを揺らした。広島のポゼッションに苦しんでいた劣勢の流れを一変させる、非常に価値ある先制ゴールとなった。
【2点目(45分)】マテウス・ジェズスの規格外スーパーゴール
先制点で勢いに乗った長崎は、前半終了間際の45分、スタジアムを震撼させる衝撃の追加点を奪う。
右サイドでボールを持ったJJが、その圧巻のフィジカルポテンシャルを発揮して相手DFを強引に突破。ゴール前へ鋭いグランダーのクロスを供給する。ボールは中央を通り抜けたが、逆サイドで拾った澤田がダイレクトで中央のペナルティエリア内に位置するマテウス・ジェズスへ冷静に折り返す。
パスを受けたマテウスのプレイはまさに異次元であった。足裏でボールを止めると、相手ディフェンダーの寄りを回避するように後ろへトントンと2回バックステップを踏み、体制を整える。そして、ほとんど助走のないコンパクトな振りから、左足を一閃した。
放たれたシュートは驚異的な伸びを見せ、ゴール左上隅へと突き刺さった。解説者を務めた徳永悠平も思わず感嘆したように、自らの重心が後ろに移動している体勢から、相手GKの手を弾き飛ばすほどの破壊的なシュートを打てるのは、マテウスの持つ圧倒的な筋力と身体能力の賜物である。個の理不尽なまでの決定力が実を結び、長崎は2-0という最高の形で前半を折り返した。
後半の戦術的変化と退場劇が与えた影響
広島の修正:新井のアンカー化と中盤のオーバーロード
2点のリードを許した広島は、後半開始とともに明確な戦術修正を施して反撃に出る。
前半、ハーフスペースを中心に動いていた右ウイングバックの新井が、後半は完全にボランチあるいはアンカーの位置へとポジショニングを変更。これにより、ピッチ中央には新井、中島、川辺という3枚の中盤が形成されることとなった。
長崎のダブルボランチ(2枚)に対し、広島は中盤で意図的な「3対2」の数的優位(オーバーロード)を作り出した。中盤で浮いた選手が長崎のライン間でボールを受け、ワンタッチで味方へ落とす「レイオフ」の動きを頻繁に活用。そこからサイドへ動かし、再び中盤へ戻すというパス循環が完成し、長崎は自陣深くに完全に押し込まれる形となった。
66分のアレー退場劇と広島の4バック移行
一方的に押し込まれ、耐える時間が続いていた長崎であったが、66分に試合の命運を分ける決定的なアクシデントが発生する。
広島のFWセバスティアン・アレーが、ゴール前でのオーバーヘッド後に長崎のセンターバック江川と口論へと発展。アレーが江川に対して軽度の頭突きを行ってしまい、VARの確認の末にレッドカードが提示されたのである。
退場者を出したことで1人少ない10人となった広島は、選手交代を行い「4バック」へとシステムを変更した。しかし、一人少なくなったとはいえ、個々の技術的クオリティで勝る広島のポゼッション能力は衰えず、長崎としては依然として集中力を切らせない緊迫した時間が続いた。
【3点目(80分頃)】保田のワンバウンドシュートと勝負の決定
10人の広島に対して我慢強く対応していた長崎は、一瞬の隙を逃さずに決定的な3点目を奪い取る。
右サイドからの素早いスローインを起点に、相手陣内深くでマテウスがボールをキープ。中央のJJへ渡したボールは一度相手DFに跳ね返されたものの、ペナルティエリア外で再びボールを受けたマテウスが、相手の隙を見逃さずにゴール前へスルーパスを通す。
このパスに完璧なタイミングで反応したのが、途中投入の若手・保田であった。保田はペナルティエリア内に侵入し、ダイレクトで合わせる。放たれたシュートは広島の日本代表GK大迫の直前で大きくバウンドする意地悪な軌道となり、大迫の手をかすめてゴールへと吸い込まれた。首位撃破を決定づけるあまりにも大きな3点目が記録された。
広島の「外回り攻撃」への限定化
この3点目と人数不利の影響により、それまで脅威であった広島の攻撃構造が変化した。
アレーの退場前に猛威を振るっていた中盤での「3対2」の数的優位が消滅したため、長崎の中盤としては捕まえるべき相手マークが非常に明確となった。中央を締め上げられた広島は中盤を経由するバイタルエリアへの侵入ができなくなり、攻撃は単調なサイドからの「外回り」に限定されることとなった。長崎の5-4-1ブロックにとって、外回りのクロスや横パスは対応が容易であり、守備の安定感はさらに増していった。
試合決定づけた4点目と試合総括:長崎が掴んだ「勝利の文脈」
【4点目(アディショナルタイム)】山崎のプレスと保田のダイレクト2発目
試合の締めくくりとなったアディショナルタイム、長崎は首位・広島に引導を渡す4点目を奪う。
広島のバックパスを受けたGK大迫が中途半端なキックミスを犯すと、山崎がボールを回収。右サイドに展開していたマテウスへ預ける。マテウスは焦ることなくじっくりとボールを保持して相手を引きつけると、ペナルティエリアへ走り込んできた保田へ絶妙なラストパスを送る。保田は迷うことなくダイレクトで右足を振り抜きシュートを叩き込んだ。GK大迫の手を弾いてネットを揺らしたシュートにより、保田はこの試合自身2得点目を記録。スコアは4-0となり、ピーススタジアムは熱狂の渦に包まれた。
今後の展望:浦和レッズ戦へ向けた継続性と運動強度
今節の完勝により、長崎は再び14位へと順位を戻し、チームの雰囲気とモチベーションは最高潮に達している。長崎が本来開幕から追求していた「堅守・カウンター」の完成度が高まり、そこに「ポゼッション」という新たな武器が加わりつつあることは、リーグ後半戦に向けた極めて明るい材料である。
しかし、長崎にとっての真の課題は「このパフォーマンスをいかに継続できるか」という点にある。今シーズンの長崎は、次の試合でパフォーマンスを落とし、あっさりと敗戦を喫する傾向が散見される。また、未だアウェイでの勝利がないという課題も残されている。
次節はアウェイでの浦和レッズ戦が控えている。首位広島を打ち破ったこの試合で見せた全員の連動性と運動強度、そして攻守における戦術的柔軟性を維持することができれば、念願のアウェイ初勝利、そしてさらなる順位跳躍も十分に期待できるだろう。

コメント